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連休気分もまだ覚めやらない中、昨日は蜷川幸雄さんの新演出による舞台「薮原検校」の初日を渋谷シアターコクーンに観にいく。江戸を舞台にした名作戯曲の再演物では、ちょうど先月シアターコクーンに見に行った堤真一主演の「写楽考」が思わぬ期待外れだっただけに、いやが応にも期待が高まる。
今年の期待の話題作の初日とあって、観客の熱気も一味違う印象。会場に入ると、いきなりロビーで蜷川さん本人が談笑していらしたり、小林薫さんも近くの席に観にきていたりと華やかだ。 本作の過去舞台を見たことがないので、新演出について比較しながら観る視点はないのだが、蜷川舞台では、必ずといっていいほど芝居の主題を象徴する明快な視覚的・造形的な仕掛けがあり、今回はそれが舞台の四方から膝ぐらいの高さで張られた「縄」で作られた空間だ。盲人である杉の市(古田新太)らにとって、この縄は舞台を移動する際の障害物(ときには部屋の入り口、ときには道の勾配)となり、また観客にとっては舞台の場面について想像力を働かせ、演劇空間を生み出す機能を果たすことになる。たとえば語り部が、2本並行に張られた縄を「日本橋」と説明するとそこに橋が現れる、といったように。 盲人たちのストーリーということで、観客は舞台を見て知っているのに登場人物は知らない、という状況設定が、効果的にサスペンスと笑いを作り出しているのも面白い。そして物語を進行する語り部とギターが観客と役者をつなぐ役割を果たしていて、まさに声と音で聴かせる芝居でもある。 豪華な俳優陣も安定した演技で長い舞台を飽きさせないが、中心となる2人の検校役を演じる、古田新太と団田安則の対立構造が大きな見どころ。全く対極の価値観と手段(悪と善・欲と知)をとりながら、盲人が政治的な地位を獲得していく同志として認識・尊重しあう2人の関係が物語に奥行きをもたせ、後半からクライマックスに至るダイナミクスを生み出している。 殺戮と悪行の限りを尽くす主人公の物語でありながら、不快感をもたずに楽しんで観られるのも、演出もあるが現在の演劇界を代表する2人の、軽妙な笑いと機知に富んだ演技のなせる業だろう。 最後にはもちろん、蜷川芝居のお約束、物理的な破壊と目に焼きつく様式美的演出による大団円が待っている。ある意味予想どおりの展開ではあるが、カタルシスを感じる結末にはやはり唸らされるのだ。初日ということもあって、演技や演出に荒い部分もあったが(ラップのような長大な一人語りが大きな見せ場である「早物語」で、古田新太の声が聞き取りにくいなど)、座席最後部に蜷川氏本人が構えていたので、今後さらに舞台の完成度を高めていくことだろう。 さて、今日もお芝居の後はシノワで。真夏のような気候だったので、ソムリエにお任せしてドイツとオーストリアの甘口・辛口の対照的なリースリングを。特に左のマキシミン・グリュンホイザー・ヘレンベルグのものが、女性好みの溶けるような気品ある甘口で素晴らしく、舞台の熱気を落ち着かせるのにぴったりでした。
by keidd
| 2007-05-10 06:08
| 東京舞台
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